About Koen
中等科・高等科校長 烏田 信二
2024 年度 3 学期 終業式
皆さん、ごきげんよう。本日で 3 学期が終わります。この 3 学期は、落ち着いた授業での学び、そして、イベント等での特別な学びもできたように思います。1 月には校内弁論大会が開催され、中 1 から高 2 各学年 2 名ずつの代表 10 名の方の弁論に耳を傾け、同じ空間で共に感動し、考察を深めることができました。2 月、3 月には中 1 の学習発表、中 2 のふれあい天文学や探究学習発表会、中 3 の朗読発表会に睡眠時間の標本調査、卒業探究ポスターセッションが行われました。また高 2 は日本女子大学の永田典子先生と村岡梓先生をお招きして理数探究基礎発表会を行いましたし、さらに高 1 と共に教養演習の時間に睡眠学で世界的に有名な柳沢正史先生の講演を伺いました。一年のまとめとして多くの機会をいただき、それぞれの学びを広げ深めることができました。
さて、今年度の目標「他者に向かって開く」(他者とのかかわり)について、特にアガペーについてこの年度の締めくくりにもう一度、考えてみたいと思います。皆さんは、この一年間、関わりの中でどれくらい愛すなわちアガペーを実現できたでしょうか?関わりというものは、いつも心地良いものではなく、時に煩わしく感じたり気まずい思いをしたりすることもあります。また時に傷ついたり苦しめられたりもします。このような関わりにおける苦しみに対して、どのように対処していけばよいのでしょうか?どうすればより良く愛すること、アガペーを実現することができるのでしょうか?
イゼルディン・アブエライシュ著『それでも、私は憎まない』(亜紀書房)から考えてみたいと思います。この本の著者イゼルディン・アブエライシュさんは、パレスチナのガザ地区ジャバリア難民キャンプで生まれ育ちました。お爺様の代までは、パレスチナの地で土地を持ち裕福な生活をしている家でしたが、イスラエル軍の攻撃により難民キャンプでの貧しい生活を強いられました。貧しさのため子どもの頃から働かなければならず、学校に通うのが辛くなった時期もありますが、学校の先生に励まされ、非常に苦労して優秀な成績で高校を卒業しました。奨学金を獲得してエジプトのカイロ大学に進学します。そして、ついに医師になりました。医師になったイゼルディンは、一生懸命働いて貧しい兄弟姉妹を養いました。ガザで高い収入を得るのは難しいため、イスラエルの病院に職を得て献身的に産婦人科医として働き、研究も続けます。素敵な女性と出会い結婚し、8 人もの子宝に恵まれます。
病気に国境がないように医療にも国境はなく、イスラエル人はパレスチナ人を助け、パレスチナ人はイスラエル人を助け、イスラエル人とパレスチナ人で協力して人の命を救っていく体験を多くしました。それでも、イスラエルの病院に勤務するのは、大変でした。出勤するのにも国境を越えなければなりませんし、愛する家族の元に戻るにも国境を越えなければならないからです。検問所での扱いは常に差別的で、長い時間通してもらえないことが続きました。愛する奥さんが急性白血病で瀕死の状態の時にも国境を越えて駆けつけるのに長い時間待たされました。そして、奥さんは 8 人の子どもたちを残して、先に天に召されてしまいます。さらに、ガザ地区ではハマスが政権を掌握した結果、イスラエルとの関係はさらに悪化し、イスラエル軍によるガザへの爆撃が始まります。そして 2009 年 1 月 16 日に自宅を爆撃され、姪のヌアと最愛の娘 3 人、ベッサンとマヤとアーヤが亡くなります。
この悲しみ、苦しみにイゼルディンはどう対処したのでしょうか。イゼルディンは次のように言います。『わたしは遺恨と報復の終わりのない循環ではなく、共存の可能性を信じている。そしてたぶん、ガザの隠された真実は、憎しみを知らない人間により伝達されて初めて真に理解される。ガザの住民の多くがそうだが、わたしは生涯にわたり、悲惨きわまりない環境により試練を受け続けてきた。今までは一つ一つの試練を、自分自身を強くし、次に訪れる苦難に備えて武器やエネルギーを獲得するチャンスだととらえてきた。けれども、ひょっとしたら、そういった試練は、わたしを中東における分断への架橋を助ける使者として強くするよう設けられていたのかもしれない。・・・中略・・・加害者は人間であり、暴力は人間の作り出したものだが、その結末がとどまることのない悪や暴力や絶望ではなく、善になるよう力をつくすことが、きっとわたしの使命なのだろう。』
イゼルディンは憎しみに対して憎しみで対処するのではなく、むしろ、娘たちを最後の犠牲者としてこの悲劇が繰り返されないよう働きかけていきます。これは「神から来る愛」すなわちアガペーと言えます。その背景には奥さんをはじめ、子どもたちとの関わり、少年青年時代の多くの良い出会い、関わりを通して学んだプチアガペーがあります。今日は紹介できていませんが、この本の中に書かれています。私たちも日常生活の中の身近な人々との関わりの中で、ちょっとした優しい声かけ、親切な行い、プチアガペーを積み重ねていきたいですね。
バックナンバー