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中等科・高等科校長 烏田 信二
2024年度 1 学期終業式
皆さん、おはようございます。
4 月に始まった 1 学期も、今日、終業式を迎え、明日から夏休みに入ります。4 月の始業式では今年度の目標「他者に向かって開く」(他者とのかかわり)を実現することは、他者へ「愛」を向けることであると申し上げました。古代ギリシア語でのエロス(性愛)やフィリア(友愛)、ストルゲー(家族愛)を経てアガペーに至る。アガペーすなわち神の愛、無償の愛が最終目標であるとお話しました。
さて、皆さんは、この 1 学期の間、他者とのかかわり、いわゆる周りの友だちや家族、その他の方々にどのくらい「愛」を向けることができたでしょうか?どのくらいアガペー(無償の愛)を実現できたでしょうか?
私なりにこの 1 学期の日常生活を振り返ってみると、やはりアガペー(無償の愛)は難しいです。ある人を大切にしようと思いながらも、他のことが気になっていたり他のことを考えていたりします。私の実生活はアガペーから程遠いことを痛感しています。例えば、仕事が終わって家に着きます。妻が「今日、ボランティアに行ってね・・・。」と、その日あった嬉しかったこと、良い出会いがあったことなど話してくれました。私は「ふーん、それは良かったね」と言いながらも心ここにあらず、次にやることの段取りを考えていたり、酷い場合には週末楽しみにしている予定について考えていたりします。それは、家族に対してだけでなく、先生方や生徒の皆さんに対してもあることです。アガペーの実践は難しいです。
そこで、せめて考え方だけでも深めてみようと、エーリッヒ・フロム著・鈴木晶訳「愛するということ」(紀伊國屋書店)を読んでみました。この本は私が大学生の時に、ある神父様から「フロムは愛することは技術だっていうんだよね。その技術について学ぶためにも一回読んだ方がいいよ。」と勧められていました。「そうですね。愛することは技術かあ・・・」とその場では話を合わせていましたが、その話を受け流してしまい、それから、気が付くと30年以上の歳月が流れてしまいました。
光塩女子学院中等科・高等科今年度の目標からこの本の存在を思い出し、ついに購入し手に取ることにしたのです。最初に私の心をつかんだこの本のフロムの言葉は次のようなものです。
「聖書に述べられている『汝のごとく汝の隣人を愛せ』という考え方の裏にあるのは、自分の個性を尊重し、自分を愛し、理解することは、他人を尊重し、愛し、理解することとは切り離せないという考えである。自分を愛することと他人を愛することは、不可分の関係にあるのだ。」とフロムは言っています。
まさに、光塩女子学院の中 1 の学年目標「自分との出会い」と中 2 の学年目標「自分と他者とのかかわり」は不可分で大切だと言ってくれています。自分と出会い、自分をよく理解し、自分を大切にすると、他者を尊重し、他者を大切にし、理解することになる。そんな関わりを少しでも築けるといいですね。精進して参りましょう。
次に私の心をとらえた言葉は、
「集中するとは、いまここで、全身で、現在を生きることだ。何かをやっているあいだは、次にやることは考えない。いうまでもなくいちばん集中力を身につけなければならないのは、愛しあっている者たちだ。彼らは往々にして、さまざまな方法を駆使してたがいに相手から逃げようとするものだが、そうではなく、しっかりとそばにいることを学ばなければならない。」
この言葉を読んで、思い出した私の実体験が二つあります。一つ目は、去年の 7 月末、5 丁目のメルセス会修道院に行った折のことです。あるシスターにお借りした資料を返しに行ったのですが、そこでゆっくりといろんなお話をしました。修道院から帰る時、私はとても幸せな気持ちになっていました。
二つ目の体験です。今年のゴールデンウィークに私の母が 50 年以上お世話になっているシスターに初めて会いに行きました。ちょうどその少し前、私にとって辛いことがあって落ち込み、とても疲れていたのですが、そのシスターに会って、赤坂の修道院を後にした時には、心が晴れやかになって癒されていることに気付いたのです。先ほどの私の例と異なっていて、二人のシスターに共通していることは、そばにいる相手に集中してその時間を使っている、真剣に全身全霊をこめて今そこにいる人に向き合っているということです。フロムの言葉を使うと「しっかりとそばにいる」という点なのではないかと思います。だから、私の心は晴れやかになり、私の心は癒されていたのだと思うのです。その時間を二人のシスターは今そばにいる私だけのために集中して使ったのだと思います。
この学校の創立者マドレ・マルガリタは 50 歳の誕生日を迎える二日前 7 月 23 日に亡くなりましたが、亡くなった後に、多くの方が同じことを証言しました。「私が一番マドレから愛されていた」と。これらの証言もきっと、同じことでその方々と会っている時、マドレ・マルガリタは真剣に向き合い「しっかりとそばにいた」のではないかと思います。
マドレ・マルガリタは今の私より若くして亡くなりました。先ほどの 5 丁目のシスターは 80 代半ば、赤坂のシスターは 90 代。私もそんなふうに人を愛せるように成長していけるといいのですが・・・。もう少し、フロムの言葉に耳を傾けてみましょう。
「愛を達成するためにはまずナルシズムを克服しなければならない。ナルシズム傾向の強い人は、自分のうちに内在するものだけを現実として経験する。外界の現象はそれ自体では意味をもたず、自分にとって有益か危険かという基準からのみ経験される。」
この 1 学期の間、あるいはこれまでの経験の中で皆さんも、この人とはうまく行かないなあと感じて、傷ついたり悩んだりしたことがあると思います。その経験はとても重要です。傷ついたり悩んだりして、相手のことをゆるせない時、人をゆるせない自分がゆるせなくてますます苦しくなります。これがフロムの言う「自分のうちに内在するものだけを現実としている状態」なのではないかと思うのです。ナルシズムを克服できずにいると、過去にあった出来事に留まり、そこから先に進めなくなります。どうすれば先に進めるのでしょう。フロムは続けて言います。
「ナルシズムの反対の極にあるのが客観力である。これは、人間や事物をありのままに見て、その客観的なイメージを、自分の欲望と恐怖によってつくりあげたイメージと区別する能力である。」
この言葉から、過去の苦しく悩ましい出来事を、客観的に振り返ることで先に進んでいくことができる、ゆるせない自分をありのままに見て受け容れることで、今をより良く生きることができると言えます。このようにあらゆる苦しい体験、心の痛みを振り返って客観視できるなら次に進み、より良く生きることができます。私が出会った二人のシスターは、きっとそんなことを繰り返して習練し、アガペーを実現しているのだと思います。
フロムは「愛」についてさらに次のように述べます。
「人を愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に全身を委ねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛せない。」
いっぱい痛い想いをしてその過去を振り返り、ありのままに受け入れいっぱいゆるしていっぱい信じていっぱい愛していきましょう。
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